Mobile menu

筆者について

Judy Warner

Judy Warnerは、25年以上にわたりエレクトロニクス業界で彼女ならではの多様な役割を担ってきました。Mil/Aeroアプリケーションを中心に、PCB製造、RF、およびマイクロ波PCBおよび受託製造に携わった経験を持っています。 また、『Microwave Journal』、『PCB007 Magazine』、『PCB Design007』、『PCD&F』、『IEEE Microwave Magazine』などの業界出版物のライター、ブロガー、ジャーナリストとしても活動しており、PCEA (プリント回路工学協会) の理事も務めています。2017年、コミュニティー エンゲージメント担当ディレクターとしてAltiumに入社。OnTrackポッドキャストの管理とOnTrackニュースレターの作成に加え、Altiumの年次ユーザー カンファレンス「AltiumLive」を立ち上げました。世界中のPCB設計技術者にリソース、サポート、支持者を届けるという目的を達成すべく熱心に取り組んでいます。

最新の記事

エンジニアとPCB技術者は家庭で育つ? エンジニアとPCB技術者は家庭で育つ? 1 min OnTrack Judy Warner: Mihirさん、あなたの生い立ちとこれまでのキャリアについてお話しいただけますか? Mihir Shah: 私は電気エンジニアですが、経験はかなり多岐にわたります。Teslaでの電気自動車のパワートレインからTaserでの高電圧パワーエレクトロニクスまで、またその間の様々な領域を含めてあらゆる分野に取り組みました。Taserでは事務主幹として働いていた時期もあり、長年の間に主要な実践的スキルを数多く身につけました。これらのスキルが、Royal Circuitsでの特別プロジェクト担当ディレクターという現在の役割を果たすために役立っています。 Warner: エレクトロニクス産業でキャリアを重ねていることに、お父様からの影響はありましたか? Shah: 父は、私たち兄弟が子供の頃から、ビジネスに加わるための教育をしてくれていました。何を勉強するかはいつも自由に選ばせてくれましたが、仕事に対する父の情熱や熱中の影響で、私たち家族は常に、人生における役割と成功を中心に考えていました。常にチャレンジすることを勧められていた私たちは、何でも実際にやってみる子供でした。私たち兄弟は結局、二人とも電気工学とエレクトロニクス全般に夢中になりました。この業界で数年働いたのち、設計/顧客側としての経験を積んだ後でビジネスに参加することは明白な選択肢でした。 Warner: お父様がRoyal Circuitsを買収したのは、あなたがおいくつのときでしたか? 工場に遊びに行ったりしましたか? Shah: 父がRoyal Circuitsを買収したとき、私は13歳でした。この夢を実現させるために、家族全員がイリノイからカリフォルニアに引っ越したのです。それからは素晴らしい体験の連続でした。私が生まれてからずっと、Royalの前も含めて父は半導体業界に従事してきました。夏休みや休日に私たち兄弟は工場を訪れ、ドリルマシンの清掃から基板の出荷手伝いまで、あらゆる作業に没頭したものです。高校の夏休みには、パートナーのアセンブリ工場で手はんだ付け技術者として働いたことすらあります。ただ、この骨の折れ仕事のあとすぐに大学に出願したことは言うまでもありませんが。 Warner: 確かに、手はんだ付けは見かけよりずっと難しくて面倒な作業ですね。エンジニアリングから製造に移って、最も驚いたことを教えていただけますか 記事を読む
ツール中心から設計中心のカリキュラムの推進 ツール中心から設計中心のカリキュラムの推進 1 min OnTrack Judy Warner: PCBの設計に携わってどれくらいになりますか?またこの仕事をすることになったきっかけも教えてください。 Bill Brooks: 基板の設計は1970年から行っています。電子工学を学び始めたきっかけは父でした。父は、Hughes Aircraft CompanyのR&D、UCSD、その後はAerospace Incorporatedで航空宇宙の専門家として働いていました。父は、カリフォルニア州ビスタの家のガレージでプリント回路の店を開くことを決めました。1969年、父は私や私の兄弟に、プリント回路の製造に関する全てのプロセスについて教えてくれました。父は、Texas Instrumentsのノートから私が選び出した、トランジスタベースの10ワットのソリッドステートオーディオアンプの回路図を使って、プリント回路のレイアウトについて説明してくれました。私は、色鉛筆を使って上質皮紙にその回路を書き写し、Bishop GraphicsのダイカットテープとIC用の7milのマイラーのパターンを使ってライトテーブルでアートワークを作成しました。そして、作業用のマスター写真を作成するために、写真製版用カメラで正投影フィルムを使ってアートワークを2:1スケールに縮小しました。銅張積層板をクリーニングして、フォトレジストでコーティングした後、位置合わせをしてピンの穴がパンチされたフィルムを使って、UVライトを当てました。そして、真空密着したフレーム内の画像を現像してエッチングできるようにしました。エッチングの後、穴を開けて半田でコーティングし、基板をトリミングしてサイズを調整しました。それから、部品をかき集めて基板を組み立て、完成品をチェックして電源を入れてテストしてみると、見事に動作しました! サマースクールでは電子工学の講座を受講し、スーパーヘテロダイン方式の真空管ラジオと400ワットのDC電源装置の作り方を学びました。また、その講座では、父の店で行っている処理よりも旧式な方法でしたが、プリント回路を作るためのエッチング液として塩化第二鉄を使いました。私は、その年の科学展示会向けに電子メトロノームを作りました。 最終的には、父は店を閉め、私は他の会社で製図の仕事を始めました。しばらくの間、回路図、製造図、プリント回路のアートワークが私の収入源となりました。そこから私は技術者になり、最終的にはレイアウトを行うようになりました。また、派遣社員としていくつかの会社で機械設計や電子回路のパッケージングもしました。その間、Teledyne、SAIC、Hughes Aircraftなど、誰もが知っている会社も含め、多くの会社で仕事をしました。 2000年頃からは、IPC Designers Councilにも関わっています。カリフォルニア州サンマルコスのPalomar大学で、10年ほどPCB設計の授業を担当したこともありますし、PCB Design Magazineの記事を書いたこともあります。 Warner 記事を読む